人吉旅館の誕生
- 語り:2代目・堀尾 芳人
(現・人吉旅館会長)
戦国時代より相良氏の城下町として栄えた人吉市は木材・木炭を中心とする商業の地として古くから賑わい遠方から商人たちが集まり、商談の場として数多くの料亭が軒を連ねていました。
また、良質な源泉に恵まれたこの地には1492年には肥後国を支配した戦国大名・相良為続が入湯したという記録も遺されており昭和初頭にはいくつもの公衆浴場も開かれていたのです。
そうした中で、北海道の乾物を卸す“魚屋”を営んでいたのが人吉旅館の創業者・堀尾 芳喜。
昭和9年に温泉を掘り当て、当時まだ珍しかった旅館を併設したのが人吉旅館の始まりでした。
温泉旅館としての発展
私が二代目を継いだのは、昭和30年。戦後復興のなかで人々の暮らしは豊かになり“旅行ブーム”、“レジャー・ブーム”が到来した時代でした。
その頃にはいくつもの温泉旅館が建ち並び、温泉郷として栄えていた人吉。球磨川下りを中心として観光客の人気を集め、地域全体が活気づく中で、人吉旅館もまた多くのお客様に愛されました。
その後、度重なる球磨川水害に見舞われながらも幾たびも復興し、その都度より良い発展を目指してきた人吉。球磨川をはじめとする大自然を守りつつ、今日へと繋げていったのです。
そして未来へ
現在、人吉旅館を切り盛りするのは、3代目になる社長・堀尾 謙次朗と女将・堀尾 里美。時代の流れを捉えながら、お客様に選んでいただける旅館になるべくスタッフ一同、力を合わせて取り組んでいます。
しかし、どんなに時代が変わろうとも創業以来決して変えず、大切に守り育ててきたものがあります。
それは、創業時の姿をそのままに遺す、貴重な財産でもある建物とどんな時もお客様を第一に、大切に想う心。
これまでも、これからも訪れるお客様に心からくつろいでいただける旅館でありつづけます。